2014年7月26日土曜日

「ホットひと息」 イエス様と共に歩む




「ホットひと息」 イエス様と共に歩む    シスターL



派遣された6人の姉妹は順調に日本語が進歩しています。廊下の掲示板に一ヶ月の典礼暦を書くのが私の仕事なのですが7月分を書いておりましたら「一か月がたつのは早いですね」と言われました。二十歳の姉妹の早いということの中身とあと十年は働きたいなと思っている者の中身は違うでしょうけれど、この姉妹は『互いに愛し合いなさい』とのイエス様の望みを言葉にしたのですね。 

若い姉妹たちを見ながら修道生活を始めたころの自分と重ね合わせて感慨深いものがあります。自分のこれまでの道を振り返りながら、そのうちにこの姉妹たちもまるで私と同じ道を歩むように思い込んでしまいました。あるとき神様は気づかせてくださいました。それぞれの道の歩みを決めるのは神であると。誰も人の人生はわからないものであることを。イエス様と歩む道のりは祝福に満ちたものであり、ひとの同情とか思惑に関係のない新しいものその人だけのものなのだと気づきました 

 そして私の将来も先輩たちが歩んだ道をただたどるのではなくて、たとえその様に写ったとしてもイエス様と紡ぐ新しい道なのだと思いました。この頃感じていることをブログにしてみました。  

2014年7月20日日曜日

「ホットひと息」 「神様のほほえみ」




ホットひと息」 「神様のほほえみ」



教会には沢山の聖人がいて、今も私たちのために取り次いで下さっています。今日は、2年前に列福された本会の創立者に出会えた一人のシスター(私デス)の喜びを伝えたいと思います。本会は1951622日に創立され、創立者は1981722日に亡くなりました。幸運なことに、創立者と直接出合ったシスターたちがまだ沢山いらっしゃいます。私は残念ながら帰天後に入会したので、創立者が残してくださった書き物と創立者に会ったことがあるシスター方の会話から想像するだけでした。神様はそんな私に、創立者の列福式に参加する機会を下さいました。





2012422日メキシコのグァダルッペ大聖堂での出来事です。列福式のミサの中で「福者」と宣言され、厳かに白い布が少しずつ下ろされて創立者の顔が現れた時、大聖堂は一瞬静まり その後割れんばかりの大拍手が響き渡りました。私はというと、創立者の写真を見つめたまま、その美しい笑顔に見とれて、気がつくと涙で頬が濡れていました。感動と言うよりも“出会った”という喜びで私の心は満たされていました。なぜならその日を境に、創立者の書き物の言葉が私の心に沁み透るようになったのです。これは本当に神様の恵みだと感じました。






 列福式のお説教で「聖人たちは、神様のほほえみ」といわれましたが、その頬笑みは今も私の心に焼き付いています。娘たちのいる世界中の聖堂の中で、創立者は「神さまのほほえみ」をたたえながら、 ご聖体のイエス様のそばで今日もそっと私たちを見守っていて下さいます。(^-^


2014年7月14日月曜日

「ホットひと息」「創立者の信仰に生きる



「ホットひと息」「創立者の信仰に生きる」    シスター F



神に信頼して生きること 心の底から、真実に、本当に信頼の中に生きること以上に
甘美な生き方はありません。なぜならば神は全能、愛そのもの、憐れみその、
善そのものでいらっしゃるからです。” ( 創立者の遺言書より)





     7月に入りました。2014年も半年が過ぎてしました。ご聖体の宣教クララ修道会にとって7月は心をより熱くして 創立者、福者御聖体のマリア・イネス・テレサの思いを生きるよう促される“月”なので。なぜなら、今年の7月7日は、創立者生誕110年。7月22日は創立者帰天33年だからです。 







“どうぞ、私の信頼を益々燃え立たせてください。私のイエズス、それを無限に増加させてください。あなた自身のみ心をもって信頼したいのです。このことを自分のためと現在と未来の娘たちのためにも望みます。なぜなら一人一人の娘が私のある部分であり、彼女たちと私と皆一緒に完全なキリストを構成するように頼みたいからです。” (創立者霊的書物より)





  真の甘美な生き方ができるよう祈りつつ聖母と共に前進!!


2014年7月6日日曜日

「ホットひと息」江戸キリシタン巡礼に行きました。



「ホットひと息」江戸キリシタン巡礼に行きました。  シスターT

                             



615日(日)参加者3人+シスター2人の“小さな巡礼団”は、ロザリオと帽子、飲み物と“殉教者に倣いたい心”を持って、集合場所の桜新町駅を後にした。



最初の巡礼地は、浅草教会。始めに「浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑」を見学した。江戸時代の初期、16138月、この近くにあった鳥越川のほとりで30名近く斬首されたという。10時のミサの最後には、「鳥越殉教者賛歌」を参列者みんなで練習していたのが印象的だった。ミサの後、教会前のルルドのマリア様の前で、原主水への残酷な責苦を黙想しロザリオを2連捧げ、教会を後にした。

 


 次の巡礼地は小高い丘にある「元和キリシタン遺跡」。1623124日原主水、イエズス会のシロラモ・デ・アンジュリス神父、フランシスコ会のフランシスコ・ガルベル神父を含む50人が火あぶりとなった、札の辻刑場の跡がここである。ここでは、ペトロ岐部が、波乱万丈の末司祭となり、迫害と殉教の祖国の長崎に帰り着くまでを黙想し、ロザリオ2連唱えた。 





 

巡礼最後の地は、品川、高輪教会。私たちが到着すると、案内して下さるボランティアが明るい笑顔で迎えてくださった。まずは、聖堂で原主水、ペトロ岐部を黙想しながら、ロサリオの最後の一連を唱え、前もって書いてもらった個々人の祈願を祭壇の小箱に捧げた。その後、「江戸の殉教顕彰碑」などを案内していただいた。この碑は1956年殉教地である札の辻近くの智福寺境内に建立され、その後高輪教会に移設されたという。また、この教会は、殉教地に近いことから、殉教者の元后聖マリアに捧げられた教会でもある。教会地下では、油彩「江戸の大殉教」を見せて頂き、説明を受けた。



今回の巡礼では、今から400年程前、これらの地であった残酷なキリシタン弾圧にも屈せず、信仰を守り通して、殉教によって証し人となられた人たちのことを深く心に刻みつけることができた。







さて、“殉教者に倣いたい心”を持って出発した私たちは、この巡礼を通して、殉教者の何に倣い、証し人になる決心をしたらよいのでしょうか? 現代において、彼らのように“死”を持って殉教する機会はないでしょう。でも、日常生活のなかで、“自分自身の傲慢さに死ぬ” 殉教の機会はあり余る程あります。これが結構難しい殉教で、勿論、信仰の心がなければできないことです。さあ、こんな殉教のしかたで、信仰の証し人になれるよう、今日から始めてみてはどうでしょうか。主とマリア様のお助けを願いながら。